「ねえロイドー、買うものってこれで全部だったんだよねー? 宿に帰ろうよー」
「そうだぜハニー。俺さまもう棒が足になっちゃうぜー」
「え、いつの間にそんな芸当が出来るようになってたの?」
ゼロスとロイドと私の三人で、荷物を持っている状態で歩き続けてどれくらいだろう。
それなりの時間を歩いていることは確かだ。
棒が足になると言い出す人が出るくらいだし。
時間はまだ夕方と呼ぶには早い時間なのに、辺りは暗くなりつつある。
「ローイドくーん、そろそろ暗くなっちゃうぞー」
左手は荷物を持っているから、あいている右手だけをメガホンのように口に当てて少し大げさに言う。
いきなりのことに、思わず笑ってしまう。
「わかってるよ」
だが、ロイドは振り向かない。
「それにさっきから同じような場所ばっかり歩いてる気がするぞ」
「……分かってるよ」
もう一度ゼロスは同じように聞いたが、ロイドはまたしても振り向かない。
いつもなら振り向いて話をするはずなのに、それすらしない。
「もしかして、迷った?」
ゼロスも私もロイドの出方を待った。
待っても待っても何も言わない。
が、何故か右手と右足、左手と左足が同時に動いている。
……ホント?
* * * * * * * * * *
迷子になったと分かれば、すぐさま少し高めの所に出ようと言う話になった。
今日泊まる宿は見た目も立派だったから、見れば分かるのではないかという考えだ。
ちなみにゼロスは右手法を使えとうるさく、迷ってからでは遅いだろうと強く言っても諦め切れなかった様子だった。
なんとか少し高めの場所から宿の位置も分かり、そちらに歩き始めた。
「よかったなーロイドくん。宿まであと少しだってな」
「もう見えてるじゃん、早く早く!」
早く暖かいお布団に包まりたいよと言えば、ゼロスとロイドに『らしいな』といわれる。
『なんでそうなるのー』と続けていれば、宿の通りに出るための階段へとたどり着く。
二人横に並べばいっぱいな小さい階段だったが、今の季節は雪。
宿までの道は、階段を下りて少し歩くだけ。
「雪が凍ってるから気を付け……っ!」
「ロイド!?」
一番最初に階段を下りようとしていたロイドが突然消えてしまった。
慌てて階段下を覗き込めば、ロイドが転がっていた。
周りにはロイドが持っていた荷物が散乱してしまっている。
割れて困るものはゼロスが持っていて良かった。
て、ロイドに怪我は無いのだろうか。
「ロイド、大丈夫!?」
「大丈夫か?」
「ってぇ――。二人とも、この階段滑りやすいから気をつけろよ」
どこか痛みがあるのか、顔を顰めながら言う。
……十段もないが、ここから落ちて怪我をしない方がおかしいか。
「ちょっと待っててねー。すぐ回復してくれるってー、ゼロスが」
「そりゃひでーよ、ちゃーん」
「だって。本人が嫌がってるからアップルグミでも食べといて、後で先生に治してもらうー?」
ちょっとしたことにも返してくれるゼロスが楽しくて、つい話しかけてしまう。
本当はあのロイドですら滑った階段を下りるのが怖い。
でもさすがにそんなことは言えないし、この他の道と言えば近くには無い。
早く布団に包まりたいのだから、怖いなんて言っていられないのだが、それでも怖いものは怖い。
ふと、ゼロスと目があった。
にやりとしたかと思えば、にっこりと笑う。
「お先に〜」
「え」
何を言ったのか解らなくて、唖然としてしまった。
すると私が持っていた荷物をゼロスが奪って、もう一度にこりと笑う。
「え、ちょっとゼロスっ!」
奪われた荷物を取り返そうと、慌てて手を伸ばした。
伸ばしたが、その頃のゼロスはもう既に階段をひょいひょいと下り始めてしまっている。
「楽勝だぜ。俺さまって天才かもー……ってぐわぁ!」
階段下で勝利のポーズよろしく決めていたのだが、足元にあったロイドの荷物に引っかかる。
「それがなかったらかっこよかったのにねー」
「ローイドくーん、いつまで転がしたままにしてんだよー」
「いっぱいあるんだからしょうがないだろ!」
ぶつぶつと文句を言いながら、ゼロスもロイドがぶちまけた荷物を集めはじめる。
それを見ながら、視線を階段へと移した。
油断していたロイドが滑った階段。
ゼロスが楽々と降りた階段。
……降りるしかない。
雪で冷たくなっている手すりに両手で掴まりながら、一段目に両足でしっかりと立った。
二段目、三段目。
「急がなくていいんだからな、気を付けろよ」
「そーだぞ、今落ちたらロイドくんの荷物がまたバラバラになるぜ」
階段下から聞こえてきた会話に、適当に返事をしながら、もう一段下がる。
四段目……五段目……。
やっと半分まで来た。
なんだ、ゼロスの言う通り楽勝じゃないか。
「そこから下、雪が固まってるぞ」
「平気平気!」
一歩、足を踏み出した。
六段目。
階段ではなく、その上に積っていた雪の上に足を置いてしまい、そのままずるっと滑った。
手すりを掴んでいたはずの手も、何時の間にかそこから離れていて宙を掴んでしまう。
周りの景色が、階段下のロイドとゼロスの驚く顔が、スローモーションで映る。
これはまずい。
「!」
丁度正面にはロイドが、その隣にはゼロスが、それぞれこちらに向けて手を伸ばす。
私も手を伸ばして触れたのは……ゼロスの手だ。
グンッと強い力で引き寄せられて、ゼロスの上に落ちる。
「どぉわ!」
ゼロスの変な声が聞こえた。
私はゼロスの手に触れた瞬間から、怖くて目も口もきつく閉じていた。
恐る恐る目を開けて見れば、ゼロスの長くて真っ赤な髪が白い雪の上に広がっている。
思わず息を飲んだ。
「、怪我はないか?」
「あ、うん」
ロイドの心配そうな顔を見て「多分」と付け加えてしまう。
ふと気が付けば未だゼロスの上に重なったままだったことに気が付いて大慌てで退いた。
「おいおいロイドくんよー、俺さまの心配はしてくれないのかよ」
「だって無事だろ、ゼロス?」
未だ寝転がったままのゼロスと、未だ散らばった荷物を集めながらニッと笑ったロイド。
暫く見詰め合うというか、睨み合っていた二人だが、ゼロスが負けた。
「だぁーもうハニーってばー!」
雪の上でバタバタと暴れ始めた。
「わ、ちょっとゼロス! 雪飛んでくるって、冷たいってば」
慌ててゼロスの近くから離れようと立ち上がる。
「しっかしちゃんが俺さまの所に来るとは思ってなかったなあ。ロイドくんのが近かっただろ?」「うん。……あ」
返事をしてから、しまったと気が付いた。
ゼロスも少し驚いた顔をしている。
こ、これはちゃんと言ってしまった方が良いのだろうか……っ。
ロイドが何処にいるのか、振り返って見れば少し離れた所に転がった荷物を拾いに歩きはじめた。
ゼロスの方に振り返って、未だ寝転がったままのゼロスの隣にしゃがみ込んで、言った。
「あ、あのね! 私はいつだってゼロスを選ぶから」
大きすぎず、もしかしたら小さめの声だったかもしれない。
でも早口にならないよう、なるべくゆっくりと。
ゼロスを見て言った。
言うだけ言い切って、ゼロスの反応も見ずに、先程ゼロスに奪われた荷物を奪い取る。
ついでにゼロスの分の荷物もだ。
宿の方へ二、三歩いてから振り返って見れば、ロイドが驚いた顔をしている。
「ロイドー! 先に帰ってるねー!」
荷物を持ったままの右手をぶんぶんと振って、宿に向かって走り出した。
だから聞こえなかった。
いや、聞きたくなかった。
きっと聞いていたら、頬を引っ叩いてでも止めたし、ロイドだって怒ったはずだ。
だからゼロスは、呟くように、言葉にした。
(いつか後悔するぞ)
それは直ぐ空気と混じってしまい、彼の言葉を消してしまった。
ゼロスとロイドが荷物を拾い終わり、宿までの道を歩いて行く最中、滑って転んで荷物をぶちまけたと会う。
再び皆で荷物拾いをするのだが、それはまた別のお話。