ただ私を護ってくれただけじゃない。
『お前に戦いを覚えさせたくない。人を殺すということなど、知って欲しくない』
貴方達の為に何が出来るのかと、武器を取ることを考えていた私にそう言った貴方だから。
『還った時、家族に無事に会えるように―― 。だからここに居る間は大人しくしていてくれ』
それでも何か出来ることはないかと言った私にそう言ってくれた貴方だから。
何かしたいんだ。
今、貴方達の願いをふり切って戦いに身を置いているけれど。
今、貴方達の為に使いたかった力を、貴方達に向けてしまっているけれど。
それでも、何かしたいんだ。
貴方に。
それは私の願い。
そして
伝えたかったことがあったということを伝えたい。
サイジェントに来たのは森の中にあった遺跡を破壊してもらう為に誓約者達に頼みに来たはずだ。
決して貴方に追いかけて欲しかったからではない。
それでも、こちらに来ていると聞いて嬉しかったのは本音だ。
だけど、今貴方を見て嬉しいという想いと、どうしてなのかという不安がある。
それは遠くからだったが、何かが違っていた。
今いるマリルという場所は段差が多く、中々上に登ることは容易ではない。
しかもその登る途中に黒の旅団の召喚術師や槍使いなどがいたら尚更だ。
その配置を見ながら、皆がどうやって登ろうかと考えていた時のこと。
私はルヴァイド達に何がしたいのだろうかと考えていた。
『彼等と戦えないだろう?』
そう言われた。
確かにその通りだと思う。彼らを目の前にすると思っただけで、手が震えるのだから。
その人たちを前にして何がしたのだろう。どうしたいのだろうかと悩んでいた。
戦うことが全てじゃない。
それは分かるが、わがままだとも思う。
話し合いで終わってくれればどれだけ良いことか。
今の私に何が出来るのだろう。
ふと、視界にロッカが映った。こちらを気にしていたのか、目が合うと優しく微笑んでくれる。
「大丈夫ですか? 具合が悪いようなら、先に言ってください」
大丈夫だと答えても、そうでないことを彼は分かっていたと思う。
そして『具合』と言ったのも彼の優しい心遣いだと思って感心した。
『気分』と言えばいいものをあえて『具合』と言ったのだ。
ダメだと思っても言わないということを知っていた上で、だ。
だからなのだろうか、今のもやもやをそのままロッカに伝えてしまう。
「どうしよう、ロッカ。 怖いんだ、凄く。 凄く怖くて―― 」
声も、腕も、足もが震えているのが自分でも分かる。このまま座り込めてしまったらどれだけ楽だろう。
あの人たちには何かとても伝えたいことがあったのに。
それすらも忘れてしまって、どうしてひょこひょこ彼等の前に出て行けよう?
「それでも、何か伝えたいことがあるんだ」
これだけは分かっているのに、どうして言葉が出てこないのだろう。
このもやもやは何なのだろう。
自分のことなのに、自分の中の違う何かのことのようで。
このまま意味も分からず泣いてしまいたい気持ちになる。
泣いても何が変わるわけではないのに。
何かが伝わるわけでもないのに。
「さん……」
そう言ってロッカは口を開いたが、丁度その時に遠くで、ナツミやハヤトの元気な声がする。
それを聞き、言おうとした言葉を飲み込んで寂しそうに笑った。
「……そろそろ、だそうです。さん」
「みんな! 準備はいいか?」
よくない。
まだ、何を言いたいのか思い出せてない。
苦しいよ。
「―― 大丈夫。」
そう自分を励まして、両手で頬を叩く。
パンッといい音がする。
何を言いたかったのか思い出せていなくても
それでも、口先だけなら何とでもいえるんだ。
『彼等を助けたい』
彼は何時も悩んでいるという印象があった。
ただそれは内側で、外側では立派に黒の旅団を率いていた。
迷いながらも自分で決めたこと、やってしまったことには目を背けなかった。
私はそんな彼を見続けてきたから分かる。
今の彼にはそれが無い。
何者にも躊躇わず剣を振るい、邪魔な存在を目の前から消すように剣を振るう。
それを見た瞬間、自分の腕は、足は、重く感じた。
信じられなくて。
嘘だと、自分の見たものは嘘だと否定して。
それでもルヴァイドから視線を外さなかった。
外さなかった瞳は、今までの彼を尽く覆すような行動をしている。
信じられなくて、会わなかった少しの間に何があったのかと聞きたくて。
きっと今見ているものは夢なんだと
目を覚ませば彼はあの黒い仮面を取り、苦しそうに、でもそれを感じさせないように、私のを呼んで微笑むはずだ。
視界はぐにゃりと曲がり、一歩下げた片足の下には地面も何も無くバランスを崩して落ちた。
同時にロッカの叫ぶ声がする。
その声を聞いてか、手は無意識に崖を掴む。
砂が、土が、石が、指と言わず爪との間に入ってくる感じがして痛い。
自分の体重を支えきれず、足を使って上ろうと試みる。
しかし、足元の砂もぼろぼろと崩れてしまい土台にはならない。
たまたま近くで遠巻きにルヴァイドを見ていたロッカが引き上げてくれる頃には、手の感覚がなくなっていくのを感じていた。
何故落ちないのかと、どうして自分は生きていたのかと返ってこない質問ばかりをする。
この手を離せば嫌なものを見ずにすむと、先程の光景を認めたくない気持ちが叫ぶ。
けれど、その手をロッカが掴んだ。
「さん! 大丈夫ですか!? 絶対に手を離さないでください!」
ロッカは私の右手を両手で掴み力を入れて引き上げる。
「どうして貴方はそんな無茶ばかりするんですか? ルヴァイドに何か伝えたいことがあったんでしょう? それなら諦めちゃ駄目です」
引き上げられた途端、言葉を続けたままのロッカに抱きしめられる。
ロッカの言葉は風のように通り抜けながら、それでも何か心に何かを残すようなことをいう。
「伝えるだけでも、伝えてください。 そうでなければ貴方がここに来た意味が無いでしょう。 たとえ言葉が見つかっていなくても、一つ一つ順番に伝えていけばいいんです。だから―― 」
しかし、その言葉も冷たい冷やかな声で中断された。
「―――― コロス」
聞き覚えがあるはずなのに、何かが違う。
声のした方を見るよりも早く、ロッカは足元に置いていた槍を頭上高く横に構え、高くから振り下ろされる剣を受け流そうとする。
しゃがんだままの体制で大剣を槍で受け流すなんて無理だと咄嗟に思い、腰に下げていた短剣を抜こうと手を伸ばす。
「とりあえず、離れてください」
「でもっ」
「いいから。 離れて、ください」
まだ反論しようとしていたのを制し、ロッカは力を入れてルヴァイドの剣を押し返した。
「崖の傍にいないで。また落ちるなんてことはしないでくださいね」
素早くそう言うと押し返した衝撃で少し距離をとったルヴァイドへと近づく。
「ロッカ、危ないよ!」
大丈夫です。呟いたロッカの視界にはリューグが映っていた。
リューグはルヴァイドの背後で斧を構え、走り出す。
それを見てロッカも槍を構え、リューグにあわせる。
しかしルヴァイドは近づいてきた二人を避け剣を横へと滑らせた。
リューグは辛うじて受け止め、ロッカは槍で受け止めたがあまりの力に手が痺れる。
ルヴァイドは剣を己に向かって引き左から右へと再び薙ぎ払う。
今度の攻撃には武器を構えたにも拘らず、二人は手や腕に傷を負ってしまう。
右へ流した剣の勢いを殺さず、上に振り上げ近くに居たリューグへと下ろす。
リューグは後ろへと飛んで避けようとしたが、少し遅く剣が身体の自由を奪った。
ロッカはリューグを庇って支えようとしたが、リューグは舌打ちしながらその手を払いのける。
「おい、! 何やってんだ。早く逃げろよ!」
リューグはを睨み、そのままルヴァイドへと視線を移す。
「お前もだ。ルヴァイド。俺はそんなお前を倒したいわけじゃねぇ」
一言一言、ゆっくりと口にする。
何の反応もないことに再び舌打ちして斧を構えなおす。
傷が痛んだのかリューグの顔が歪んだ。
その反応を見るか見ないかの所でルヴァイドが走り出す。
突然の行動にリューグはルヴァイドの剣を抑えきれずに飛ばされる。
「リューグっ!!」
叫んだロッカの所へも剣は届いてしまい、ロッカも槍で抑えたが、抑えきれずに飛ばされる。
私はその間、一歩も動かなかった。いや、動けなかった。
怖かった。
凄く怖い。
これはルヴァイドじゃないと告げるのと同時に、ルヴァイドを助けなければも必死に考える。
けれど、どう考えても分からない。
今まで何回も剣を合わせていた所を見ていたのに。
何度もその歩く姿を見ていたのに。
何もかもが違う。
ルヴァイドがゆっくりとこちらを正面から見据えた。
右手で護身用の短剣を持ち、左手はポケットに入っていた紫色のサモナイト石を握り締める。
それでも腕は震えている。
「ルヴァイド、もうやめよう。私が戦わなくて済むように」
戦いを覚えさせたくないと、向こうにいた時のようにしていれば良いと言ったルヴァイド。
「貴方が私を殺してしまう前に、もうやめて―― 」
水の音がぽたぽたとうるさい。
雨は降っていない。太陽が出ているわけでもない。今は雲に隠れているだけだ。
それなのにいつからか水の感じがする。
結局私は何も出来ないのか。何も出来ないまま、何も伝えていないまま死ぬのかと思ったら凄く怖い。
『諦めちゃ駄目です』
急に間合いを詰めてきたルヴァイドが剣を振り、それを避けきれず下手に短剣で抑えようとしたから、短剣が手から離れた。
カランカランと軽い音がして遠くまで飛ばされる。
痺れた右手を左手で抑えてしまい、サモナイト石は土の上へと落ちた。
そのまま、力が抜けて座り込んでしまう。
顔を上に上げるとルヴァイドは剣をの首筋に当てた。
逃げないようにとルヴァイドの左手はの右肩を強く掴んでいる。
「ねえ、ルヴァイド」
いつかの戦いで外れていたはずの仮面から、ルヴァイドの瞳が見えない。
「大好きだよ」
視界が歪んだ。
「大好き、だから」
水の音がぽたぽたと先程よりも音がうるさくなる。
「伝えたいこと、思い出せなくて……ごめんね」
いつか貴方に「忘れてしまったあなたのことを思い出したら真っ先に会いに行きますね」
そう笑っていったのに
「思い出せなくて、ごめんね」
一層視界が悪くなった。
遠くの方で誰かの笑い声が聞こえた気がする。
「シャイニング セイバー!」
その声が聞こえたと同時に、何本かの剣がルヴァイドを襲った。
「ルヴァイド!?」
腕を掴んでいた手と首筋に当たっていた剣も離され、ルヴァイドが覆い被さりながら倒れる。
それを必死に支え、を呼び続けた。
「ちょっと、ちょっとー! あんたが倒れたらが危ないでしょ」
サモナイト石を手に立っていたのはナツミで、その後ろではロッカとリューグがアヤに傷を治してもらっていた。
「さん、大丈夫ですか?」
そう心配して言ったのはロッカだ。
「……さっきの魔法、失敗しちゃってたからなー。大丈夫かしら?」
「失敗ってどう失敗したんだよ」
動かないルヴァイドを見ながらナツミが呟くと、リューグが不思議そうに言葉を返す。
「……間違えても範囲に入ってたのよ」
「なっ!?」
「怪我はありませんか?」
再びロッカはそう聞いてくる。今度は先程よりも焦った気持ちがしていた。
「私は大丈夫だけど、ルヴァイドが……」
リューグはナツミに怒り始め、ロッカは槍を片手に近づいてくる。
「ルヴァイドさんがさんを庇いましたから、怪我はしてないと思います」
アヤはナツミとリューグにそう付けたし、ロッカと同じくこちらへと歩く。
相変わらずぐったりしたままのルヴァイドだったが、ロッカが近づいてから離そうとした時に、意識を取り戻したらしく、小さな声で何かを呟いた。
「どうしたの、ルヴァイド。大丈夫? しっかりして」
「……無事、か?」
「大丈夫だよ。それよりもルヴァイドは大丈夫? ……意識は戻った、の?」
ナツミが召喚をした時には止まっていた涙も、ルヴァイドの声を聞いて安心してしまったのか、再び溢れはじめた。
ルヴァイドが左手をゆっくりと上げて手で拭うが、その行動は余計に涙の量を多くさせるだけだった。
「泣くな……」
声は小さいし、弱々しくてお世辞にもいつものルヴァイドだとはいえない。
けれど先程の不安が消えて、ルヴァイドの声を聞けたことが嬉しくて、涙は流れたままだ。
涙を拭っていた手を両手で握りしめる。
からルヴァイドを離そうとしたロッカはそれを見て、寂しそうに微笑んだ。