「ったあ……」
腕が痛い。
腕と言わず全身が痛い。
手の甲も切られ、腕の部分なんか特に武具がぼろぼろになっている。
ぼろぼろなのは全身同じことなのだが、これはあまりにも酷い。
しかしその結果、戦が終わった今も小早川と毛利の両軍共に西軍側へと居続けている。
西軍側が、辛くも勝利できたのだ。
「よかったあ……」
どさりとその場に身を崩した。
仰向けに寝転がり、空を見上げる。
まだ息が整わない。
荒い息がこの景色には不釣合いだなと、ぼんやり考える。
空は明るいが、今何時だろうかと思い立つ。
こんな所で寝てないで、早く本陣に行かなくてはいけないのに。
殿は喜んでくれるだろうか。
にこりと喜ぶ顔がどうしても想像できない。
見たことは、ある。
遠くからだったが、左近と話していて笑っていたのを見た。
とても可愛くて、でもあれは左近にしか見せないんだろうなと悟った。
そうだ、左近。
生きているのだろうか。
先ほどまで握っていた剣を杖代わりにして立ち上がる。
折れたら困ると立ち上がってから気がつき、手持ちの剣を鞘に収めてから、足元に落ちていた誰かの槍を拾い杖代わりに使うことにする。
馬の蹄の音が、した。
「、無事かっ」
左近が馬から転げ落ちた。
馬を止めるのももどかしい様で、降りようとしたのか飛び降りたのか分からない。
上半身だけでも起こした左近に、拾ったばかりの槍を杖代わりにして歩み寄る。
本当は槍を杖代わりにしても立っているのがやっとだったのだが、でもこんなに必死な左近は初めてだった。
なんとか地べたに座った左近の隣まで行けば、安堵したのか左近が微笑んだ。
「生きててくれて、よかった」
少しだけ声が掠れているように聞こえる。
何故だか、悲しく感じる。
「あんたもね。……生きてて良かった」
からんと音を立てて、槍が地面に横たわった。
自分で支えるのをあきらめて左近に体を預ければ、左近を下敷きにして地面に倒れこんだ。
途端に左近が咳き込んで、慌てて顔を上げて、左近を見た。
左近も体中傷だらけで、特に銃撃を受けたのだろうか、刀傷よりそちらのが目立っていた。
「ごめん、今退くから……」
「行くなよ」
その声が聞こえる前にいつの間にか腕を掴まれていた。
しかし左近に負担をかけるわけにはいかないと、せめて隣に寝転がるようにした。
痛いだろうに、それでも瞳を開けて、微笑むように共に寝転がる左近を見て、何故か笑ってしまう。
「ねえ、左近。殿の元に帰らなきゃ」
「そんなに急がなくても、大丈夫だ」
「だめだってば。本陣だって遠いし……」
「じゃあせめて、泣き止むまで待ちましょ?」
何時から泣いていたんだろうと思うほど、自分でも気がついていなかった。
左近の手が涙を拭った。
傷だらけなくせに、そんなに動いたら痛いだろうに、そんなこと微塵も感じさせない。
「さこ、ん」
名前を呼んだら、我慢できなくなって、左近の胸に額を軽く当てた。
「よくがんばったな」
堪え切れなくなって、泣きついた。
「」
左近が、体を起こした。
何かと顔を上げる。
「お前達はいつまでここにいるつもりなんだ」
いつの間にかうっすらと出ていた太陽を背に、殿が馬に乗ったまま見下ろしていた。
「すいませんね」
「い、いつからそこにいらしたんですか」
「今着いたばかりだ」
馬からひらりと降りて、近くへと来て右膝だけを地面につけて屈む。
「二人ともぼろぼろだな」
その言葉に私は驚いたのだが、左近は小さな声で笑う。
殿は黙ったそれを見ていた。
あまりにも無表情に見ているので、何か話さなくてはと口を開けようとした時だ。
「その……」
殿が軽く俯いた。
どうしたのかと不思議になって、左近を見た。
左近は微笑んでいるだけだ。
再び殿に視線を戻しても、俯いてるだけ。
「ありがとう」
小さく、聞こえるか聞こえないか位の小さな声で。
一瞬だけ、ふわりと笑った気がする。
次の瞬間には真っ赤になってしまった。
真っ赤になったのは言ってしまったことに対してなのか、笑ったことに自ら気がついたのかのか、どちらなのか分からない。
でも、それすら可愛くて。
言い終えて、少し顔を上げた殿と目が合う。
「何故泣く」
「え、また泣いてますか?」
「やっと泣き止んでいたのに。またしばらく帰れませんね」
「そんなこと、ないですよ。せっかく殿が迎えに来てくれたんですよ、帰らなくちゃ」
ふえ、と情けない声が続いてしまい、左近がまた笑った。
殿も「なんだそれは」と笑う。
それが嬉しくて、また大粒の涙になったことに気がつかなかった。
(殿! おめでとうございます!)
(言うのが遅い。それに後ろで大声を出すな、馬鹿め)
(馬鹿めってそれキャラ違うじゃないですか。それに後ろにいるのは殿が無理矢理乗せたからじゃないですか)
(そうですよ、殿。は殿の白い服を汚す訳にはいかないって嫌がっていたのに、無理矢理)
(その説明は色々と誤解があると思うんだ、左近)
(左近も左近の馬も怪我をしているんだ。俺の馬に乗せるのは当たり前だろう)
(歩かせてくださいよ、私そんなに偉い地位じゃないですし)
(駄目だ、そんなことをすれば兼続がうるさいだろう)
(え、兼続さん来ているんですか?)
(前田慶次と真田幸村も来ていましたよね)
(ああ、そうだ)
(早く帰りましょう、殿!)
(だから大声出すな、馬鹿め!)